『子どもを生きればおとなになれる』クラウディア・ブラックのAC本の実践。
前回の記事はこちら。
今日のテーマは硬直的なルール。
私の実家で言うと「良いと言えない場合には沈黙せよ」というものが代表的です。
言及する=悪い事を指摘するという風に思い込んでいるからです。
その影響で私は以下のような特徴を持ちました。
やめてと言えない(Noを言えない)
体調不良でも我慢してしまう
失敗を言い出せない
あらあら困った状態です。
やめてと言えないのは特に大きな問題なのでそれについて考えてみる。
制止する言葉はそれ自体が否定的なニュアンスを含んでいるので言いにくい。
しかもやめてと言ってやめてもらった経験が少ないので、更に言っても意味がないと思っている。
具体的に言うと父親が不機嫌な時に「不機嫌になられると私も気分が悪くなる」というような
ことを言ったら最後のような雰囲気があったので、父には直接言ったことがありません。
他の家族同士で言ったことはあったんですけどね。
あの時そういうことを言っていれば何か違ったかもしれないとたまに思うのですが、
きっとそういうことじゃないんだろうと思います。
本当に些細なことで機嫌悪くなったんですから。
私が父にテレビの音量下げてと言っただけで家を出てしまったくらい。
それで不機嫌になって家を出て行かれたらこちらは何も言えません。
今になって、あれは過剰反応だったと解るんですが、当時(大学生だった)私には
「自分が悪い」としか思えませんでした。
これが「父親の不機嫌は父親自身の問題だ」と解るまでには何年もかかりました。
2016年03月01日
[認知]否定のプロセス
『子どもを生きればおとなになれる』というクラウディア・ブラックの書いたAC本がちょっと良い感じだったので、
この本で提示されている課題を実際にブログに書いていこうかと思います。
手元に本が無くて正確な引用は出来ませんが、まずは1章から順にやってこうと思います。
Q:どんなことなら実家で抵抗なく話題に出せたか
A:良いニュース、明るい話題、アニメの感想、楽しいこと
抽象的なので具体的にしたいな。
具体的には?
何か欲しい系の話題は結構簡単に口に出せたと思います。
逆に学校のこと、ネガティブな話題は話題にしなかった覚えがあります。
体調のことや、疲れたといった生理的なこともアウトだったか。
昔、姉が体調悪いと話していたら父が突然怒り出したことがありました。
恐らく自分のことを責められたと感じたんでしょう。
何か嫌だと言うことや、否定的な話題は誰かさんの機嫌を損ねるので暗黙の了解として言わなかったな。
否定的な話題を避けるっていうのは典型的かもしれない。
少しでも批評的に物事を見られたら親の不条理さに目が行ってしまうので、避けたかったんじゃないだろうか。
良い面しか取り上げないことで、家庭のダメな点について話し合う機会もなくなる。
「良いと言えなければ黙っていろ」ということかな。
もうちょっと掘り下げるのはまた今度。
とりあえずブログの記事に出来たので満足です。
この本で提示されている課題を実際にブログに書いていこうかと思います。
手元に本が無くて正確な引用は出来ませんが、まずは1章から順にやってこうと思います。
Q:どんなことなら実家で抵抗なく話題に出せたか
A:良いニュース、明るい話題、アニメの感想、楽しいこと
抽象的なので具体的にしたいな。
具体的には?
何か欲しい系の話題は結構簡単に口に出せたと思います。
逆に学校のこと、ネガティブな話題は話題にしなかった覚えがあります。
体調のことや、疲れたといった生理的なこともアウトだったか。
昔、姉が体調悪いと話していたら父が突然怒り出したことがありました。
恐らく自分のことを責められたと感じたんでしょう。
何か嫌だと言うことや、否定的な話題は誰かさんの機嫌を損ねるので暗黙の了解として言わなかったな。
否定的な話題を避けるっていうのは典型的かもしれない。
少しでも批評的に物事を見られたら親の不条理さに目が行ってしまうので、避けたかったんじゃないだろうか。
良い面しか取り上げないことで、家庭のダメな点について話し合う機会もなくなる。
「良いと言えなければ黙っていろ」ということかな。
もうちょっと掘り下げるのはまた今度。
とりあえずブログの記事に出来たので満足です。


