痛みを感じた時には左手に指先から血が出てきました。
図工の時間に私はひとりだけ彫刻刀を使って作業をしていたのです。
他のみんなは粘土を使ったり、ノコギリを使っていました。
先生がどうしたのとやってきて、私を保健室に連れて行くことになりました。
だからこれからの話は、図工の後の掃除の時間に優ちゃんから聞いた話です。
先生と私が保健室に行った直後、図工準備室から突然龍がやってきたそうです。
図工準備室は暗くて埃っぽくて普段は誰も入ろうとしません。
だから龍がいるなんて誰も知らなかったのです。
龍はちょうど先生が立つような位置から図工室の全員に言いました。
「ここの時間は私が止めた、皆好きなように遊ぶといい」
え、なんでと和也や晴子からは声が上がったそうです、意味がわからないですからね。
「私は何でもできる、その証拠に今から皆にお菓子をプレゼントしよう」
そうすると、机の上にはクッキーやらせんべいやらなんとマカロンまで現れたそうです。
いつもお腹を空かせている迅が真っ先に食べてみました。
「うまい! みんなも食べようよ!」
そうやってみんなは恐る恐るお菓子を食べ始めました。
お菓子を食べていると会話が弾みます、龍のことなんて忘れてみんなはしばらく雑談をしていました。
すると龍は突然「なぜ皆の者はおしゃべりばかりして遊ばないのか」と言いました。
そうです、龍は登場した時に遊べと確かに言っていました。
そこでみんなは好き勝手に図工室の道具を使って遊び始めました。
折り紙で紙吹雪を作る者、糸鋸で奇妙な形を作り出す者。
さっきまで取り組んでいた課題はきれいさっばり、全く違うことをし出しました。
元々学内で一番ガチャガチャしていて落ち着きがないと言われていたクラスの遊びは好き放題でした。
1時間は経ったでしょうか、時計が止まっていたのではっきりとは分かりませんが、
それくらい経ったんじゃないかと優は言います。
優は急に不安になってきました、ここに閉じ込められてしまったからにはもう戻れないんじゃないか。
優は龍の方を見ます、何やら迅が何かを熱心に頼んでるようです。
そして龍はまたもや突然「肉じゃが」をみんなの机の上に置きました。
食べろと言うのです。
仕方なしにみんなは肉じゃがを食べ始めました。
するとどういう訳でしょうか、みんなそれぞれの懐かしい肉じゃがの味がするのです。
迅は肉じゃがにがっつくように食べています。
そしてぽつりと呟きました。
「うまいなあ。お母さんのごはんなんてここ1ヶ月は食べてないよ」
それを聞いたみんなも急に家が恋しくなってきました。
この時間から出して欲しい、勇気を出してそう言ったのは和也でした。
龍は言いました、「では私の絵を描いてくれ。1枚でも気に入るものがあったら出してやろう」
みんなは必死になって絵を描き始めました。
でも誰も龍のお眼鏡に叶う絵を描けません。
みんなは焦りだしました。
そんな中一人悠然と絵を描き続けていた児童がいました。
迅です。
迅は龍には目もくれずに肉じゃがの絵を描いていたのです。
和也は言いました「おい迅、今は龍を描く時間だろ」
大丈夫大丈夫と何も説明しないまま迅は描き続けました。
迅の描いた肉じゃがは、いかにも芋がほっくりとしていて、人参がぽてりと甘そうで、
ジューシーなお肉が本当に何か異様な臨場感のある絵に仕上がりました。
龍は迅の絵を気に入りました。
でもひとつだけ注文が入りました、額縁が欲しいと言うのです。
額縁が?
仕方ありません、全員で作ることになりました。
迅は描ききって満足したのか何もする気配がありません。
まずは額縁だと思ったみんなは、さっき糸鋸で切った端材を大きな紙の上に貼り付けました。
誰かが言いました「額縁ってよく金色だよね」
元の時間に戻りたい、クラスの大半はそう思っていたに違いありません。
なんと偶然にも晴子は金色の折り紙を持っていたのです。
そこで、金色の折り紙を四つ折りにして周りを囲ってみました。
だいぶ額縁っぽくなってきたような気がします。
和也が金色の星シールを持っているというので、四隅にシールを貼りました。
どうでしょうか、とおずおずと和也は龍に見せてみました。
「ほほう、いいじゃないか。お別れだ、これから時間は元に戻る、楽しかったよありがとう」
そう言って龍は唐突に消えてしまいました。
先生と私が保健室にいたのは5分くらいだったと思います
「彫刻刀ってね、みんなで使ってる時には緊張感があるから怪我しにくいんだけど、バラバラで使うとね…」
先生方がそう会話しているのを片目に私は止血のために腕を上げていました。
保健の先生が血の止まったのを確認して、先生と私が図工室に戻って来たという訳です。
戻ってきた時教室中がなんだか妙な雰囲気に包まれているなとは思いました。
やけに熱心にみんな作業をしているのです。普段の様子からは想像もつきません。
だから後片付けもすぐに終わりました、先生が今日はどうしたんだとボソリと呟くほどでした。
私もよく分かりませんと言って図工室を出ました。
その後の給食の時間、迅はふだんより食べる量が少ないような気がしました。
いつも必ずお代わりの列に並ぶのに、並んでなかったからです。
なので、掃除の時間に私は優に聞いたのです「図工の時間に何かあった?」
優は一緒にほうき掛けをしながら説明してくれたのです。
だからか、何かが色々納得できたような気がしました。
【関連する記事】


