2018年05月09日

回復とはなにか

今日カウンセリングを受けてきました。
そこで話題に上がったのが、私は確実にトラウマから回復しているということ。
正直言ってあんまりしっくり来てないんですが、私の言動からは
そういうことがうかがえるらしいです。

PTSDになると3つの信頼(自分への信頼、対人関係の信頼、世界への信頼)
が失われるそうで、私は自分への信頼を取り戻しつつあるのではないかと
いうのがカウンセラーの見解でした。

何故そういう話になったかというと、今の私の課題(もう南北戦争かってくらい泥沼で
面倒なことが起きてるんです)について、「私自身が」いつか解決できる、思っていて、
かつ「この問題が解決したら私はまた精神的成長ができるはずだ」と信じ込んでいると
いう事実が判明したからです。

いつか解決するだろうという未来への展望を持てていること、
精神的な成長をすると信じられることは自分自身への信頼ではないかと
カウンセラーは言いました。

信頼?
そんなものは自分にはないです。
ただ、こういうことがあったらこういう対応ができるだろうというリストが
心の中にあるだけです。
おそらくそんなリストがあるということ自体が、自分への信頼だと言われるかも
しれません。でも違うんです、それは単なる文字列情報に過ぎません。
その情報を使うのは私ではあるけれども、そこに私の主体はないです。

うーん、よく伝えられる気がしないな。

つまるところ、私は自分が回復しつつあることを認めるのが嫌なのかもしれません。
長いことPTSDに苦しめられた自分が自分だと思っていたので。

今だってフラッシュバックは毎日のように起こる、それに耐える自分がいる。
ただしその自分は数年前より強くなっている、その事実を認めるのが怖いのです。
なぜ怖いのか、さっきも書いた通り、自分自身の過去に苦しめられている自分が
本来の自分だと思っているからです。

昔、EMDRというトラウマ治療の際に叫んで、未だに覚えていることがあります。
「トラウマによる苦痛がなくなったら自分は自分でなくなってしまう!」

おかしいですよね、トラウマに苦しめられて、困っているから高いお金を払って
時間も労力もかけてEMDRを始めたのに、苦しみの根源を癒そうとすると自分から
その手を振り払ってしまうのですから。

わかってるんです。
トラウマによる苦痛がなくなればもっと生きやすくなること、
トラウマ記憶を治療しても私は私のままでいられること、
多分ですけど、トラウマに苦しめられない自分はもっと強く太くなれること。

PTSDに囚われなくても、私が私らしく在れるものはあるんですけど、
なによりも自分を自分たらしめていると(感じている)のはトラウマ記憶なもので
トラウマ記憶がイコール自分になってる面が否定できないんですよね。

なによりも変化が怖い。
その変化が自分にとって良いものであったとしても、精神的な変化は
目に見えないから、自分がどうなるのか先の見通しが立たないから怖い。


要は自分の変化を認めるのが怖いのです。
変化したことを認めたら何かが変わってしまう気がして、その何かはおそらく
私が私でなくなってしまうような何かなんですけど、うまく言語化はできません。
posted by はぴたん at 18:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月07日

*読書日記『熊とにんげん』ライナー・チムニク

熊おじさんと熊の話。
熊おじさんは7つのお手玉ができ、熊は踊ることができます。
そんな二人が村を回って教会の前で芸をします。

不思議な話です。
最後の一文がすごく印象的。
posted by はぴたん at 11:46| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月01日

読書できてません

本がよめてません。
時間的にも精神的にも余裕がなくて、なんだかだらだらしています。
でも生きてるよという生存報告です。
読みたい本がたくさんあるのに読めない。
posted by はぴたん at 15:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月17日

*読書日記『レモンの図書室』ジョー・コットリル

結構つらい話でした、レモンの図書館。
お母さん(お父さんから見れば最愛の妻)を亡くしたカリプソは
お父さんに強い心を持てと言われながら育ちました。
カリプソは母の残した本を読んだりして学校でも孤独に過ごしていました。

ところがある日、メイという少女が学校に転入してきました。
メイはカリプソと同じ読書好きで頭も良く、二人はすぐに仲良くなります。
「言葉って、食べ物みたいだと思わない?」
「それぞれに味があって、口あたりがちがう。ほら、怜悧と才気煥発は意味は
似てるけど、感じがちがうでしょ(略」(p.21)
初めてそんなことを言われたカリプソは頭がショートしてしまいますが、
一気にメイの魅力に惹きつけられます。

そんなカリプソにはある問題がありました。
お父さんです。
はてしない物語のバスチアンのお父さんみたいに、自分の世界に引きこもって
レモンの歴史についての本を書いてばかりです。
カリプソを放置気味にし、家事も買い物もろくにしてくれません。
そして、こっそりお母さんの蔵書を倉庫にしまい込み、本棚に
レモンを飾り始めたのです。

本好きのカリプソはそれを見てショックを受けます。
そして感情的になって本をどこにやったのかと聞きます。
この場面は読んでてつらかった。

その後カリプソは「家族の面倒をみる子供の会」に参加するようになり
お父さんはカウンセリングを受けるようになります。
でもある日事件が起きます。
せっかく完成したレモンの歴史の本が出版社から出版拒否をされてしまう
のです。
それにショックを受けたお父さんはソファにほぼ寝たきりになってしまったのでした。
このままだと自殺するんじゃないかと不安になったカリプソはつきっきりで
お父さんの世話をします。

そして気づくのです。
「ひとりぼっちより、ふたりでいるほうがいいと気づく。(中略)なぜならそうした
ほうが、人生はぜったいにすばらしくなるから。ひとりのときより、百万倍も、
千万倍も。」(p.233)

幸いなことのカリプソのそばには素敵な家族のいるメイがいました。
メイと仲良くし続けていたことで、カリプソは今まで体験したことがない
ことばかりを体験します。
秘密基地作り、小説の電子出版、そして楽しいクリスマス。
クリスマスはここ何年も楽しんだことのない行事でした。

そんなこんなで一悶着はありますが、お父さんも現実の世界に戻ってきます。
最後にはメイのお父さんといい友人関係を築いて話は終わります。

辛い話でしたが読んでよかったです。
ワンダーも穴も読んでみようと思いました。

ジェリーフィッシュノートと正反対の話という感じがします。
posted by はぴたん at 00:00| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月06日

*読書日記『サイモンVS人類平等化計画』

いつもお世話になっております、児童書読書日記さんの紹介本です。
そろそろ参考リンクとしてサイドバー辺りにリンク貼らないといけないんじゃないかと思ってます。

さて、サイモンVS人類平等化計画です。
サイモンは同性愛者で、そのことはメール友達のブルーにしか伝えていません。
しかし、ある日突然同級生のマーティンにメールのやりとりを知られてしまいます。
そして脅迫されるのです、アウティングされたくなければアビー(学内のスター)を紹介しろと。

さあ大変です、サイモンがバラされるのは別にいいとして、
ブルーがそのことを知ったら慎重な彼はメールをしてくれなくなるかもしれないからです。
そんなわけで色々ゴタゴタするという話です。

なんというか、向こうの(アメリカの)LGBTについての理解の広さ(深いとは言わない)を感じました。
途中サイモンはマーティンによってゲイであることを学内中にバラされてしまうのですが、
そこで大していじめられらず、(個人の意思とは反して)守られるという点です。
同性愛系に詳しい本屋もあるらしいし、すごいなと思いました。

ああそうだ、人類平等化計画というのは、同性愛者だけがカミングアウトしなきゃいけない
というのは不平等だから、ストレート(ノンケ)であることを表明するべきだというものです。
ついでに人種も表明するべきだというのはブルーの言。
おっしゃる通りです。
ちなみに私はストレートで、アジア系です。
posted by はぴたん at 19:32| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする