長く降った雨は高校の校庭に貯まって、ちょっとした湖のような水たまりを作っていた。
ああきれいだなと通り過ぎようと思ったけれど、水たまりに映る青空と虹に惹かれた。
校庭が面した道路沿いには破れた金網があって、見ると、かがめば通れそうな穴があった。
不法侵入しようと思った訳じゃない、ただ単に青空をもっと近くで見たくなった。
網の穴に足を踏み入れた瞬間、降っている雨が止んで、一瞬だけ音が無くなったのを覚えている。
あの時、私は踏み込んではいけない場所に行ってしまったんだ。
水面の向こうの世界はぴかぴかの青空だった。
よくよく見てみるとここは私が通っている高校らしい。
校舎の方を見てみると誰かがいた。
誰か知ってる人かもしれない、そう思って校舎の方に近づいていった。
何メートルか歩くと、その誰かは友達同士でお昼ご飯を食べているんだと分かった。
そして、私にそっくりの誰かとりかちゃんがいた。
りかちゃんだ、その存在に気付いた瞬間に私の足が止まった。
りかちゃんは私と同じ部活で、途中まで同じ電車を使っている友達だった。
帰りの電車では色々なことを話した、進路のこと部活の今後のこと授業のこと家族のこと。
りかちゃんの話は私と視点が違って面白くていつまでの話していていられた。
仲良し、だと思っていた。あのことがあるまでは。
今はたぶん嫌われていると思う。
ある日、りかちゃんは腕に大きな切り傷を作って部活に来た。
その傷跡はたぶんずっと残るだろうってくらいの深くて大きなものだった。
りかちゃんのことが心配だった、だから薬局で傷に効くという塗り薬を買ってりかちゃんにあげた。
そうしたらりかちゃんはすごく傷ついた顔をして、「いい要らない」と低い声で言って走るように私の許から去っていた。
私はすごく酷いことをしたのだと気付いたのはその時だった。
それから二週間りかちゃんは私に話しかけてこない、挨拶しても返事はない。
すごく悲しいけれど、嫌われてしまったんだと分かった。
そのりかちゃんと私そっくりの誰かがすごく楽しそうにお弁当を食べている。
少し離れた私にも笑い声が聞こえてくる。
ズルイ私はもう嫌われているのにナンデあんなに楽しそうにしているの?
言語化できないほど私の頭の中は感情で爆発した。嫉妬、妬み、自責、後悔。そして憎悪。
もう数メートル歩けば、私もあの中に入れるかもしれない、また仲良しに戻れるかもしれない。
そう思った瞬間また視界が変わった。
仄暗い、ぼんやりした世界だった。
そこには私のそっくりさんが私の目の前に立っていた。
にこにこしていて、明らかに幸せそうだ。
りかちゃんはいないのに、りかちゃんとの笑い声が反響して聞こえるような気がする。
たまらなくなって私は私に飛びかかって馬乗りになった。
私のそっくりさんは無表情になって抵抗もせずなすがままだ。
なんだよ、こいつは。
無性に腹が立って私は私の首を絞める。
ぐっ、私は私の首がどくどく言っている。
それを感じて私は一瞬ためらった。
さっき見たかえちゃんの輝いた顔が頭に浮かんで、ますます腹が立って私は手に力を込めた。
どくどくする感覚が強くなる、でもだんだんが弱まっていく。
もっともっと。
どれくらい首を絞め続けただろう。
いつの間にか私のそっくりさんは無表情のまま目を見開いて呼吸をしなくなった。
ああ、私は私を殺してしまったみたいだ。
急に頭がぼんやりしてきて、私は座り込んで目をつむった。
ふわり、そんな感覚で目を開けると私は雨が降る世界に戻っていた。
いつの間にか私はぐしょぐしょに濡れていた。
思ったより時間が経っていたようだ。
重石を背負ったような体を持ち上げて、私は家に帰った。
あれから、私は心にぽっかりと穴があいたような気持ちで過ごしている。
りかちゃんのように腕を切っては、何故か分からないけど号泣している。
毎日のようにリストカットをしていて、切る場所がだんだん無くなってきた。
家族は心配して、毎日のように私の部屋を見に来ては心療内科の受診を勧めてくる。
あの日びしょぬれで帰って来た日はただ単に心配していただけだったけれど、どうやら腕を切っているのも気付いているようだ。
毎日のようにゴミ箱に血塗れのティッシュがたまっていくのだから当然だ。
りかちゃんとは私の方から積極的に避けるようになった。
これ以上りかちゃんを傷つけたくない。
毎日のように夢を見る。
私が私の首に手をかけているのに、私はごめんねって謝っている。
なんで抵抗しないのって怒りながら私はその手に力を込める。
ぐって反発が強くなった瞬間に私はごめんなさいと言う。
そして現実の私の「ごめんなさい」の声で目が覚める。
それの繰り返しだ。
そういえば、りすの尻尾は強く掴むと抜けるという話を聞いたことがある。
とかげの尻尾と同じ要領なのだろうけど、私は私という尻尾を切って
なにから逃げたのだろう。
それが分からないから、今日も私は腕を切るしかない。