2016年03月01日

父の死について1(発覚)

とあるブログを読んでいて、父親が亡くなった時のことを
思い出しました。
せっかくなので、書いておこうと思います。
私の生物学上の父親は、2015年の3月に末期のガンで
この世を去りました。
正式な死因は知りません。姉か母にでも問い合わせ
すれば分かるかもしれませんが、今のところ確認する
つもりはありません。
私も含めて家族が彼の末期のガンを患っていると知った
のは今年の2月頃です。
ある日突然父から「全身が痛くて病院に入院している」と
母に連絡があったそうです。
彼は2007年頃からずっと単身赴任のような状況で、
東京の家族と別々に暮らしていました。
1年の中で「家」に帰ってくるのは正月の時くらい。
正月も毎年というわけではなく、「忙しい」などと理由を
付けてなかなか帰ってきませんでした。
そして突然の連絡。
母はあわてて会社の休みをとり入院先の病院に行きました。
そこで末期のガンであるということを聞かされたそうです。
病状が悪すぎて東京に入院先を移すことは難しいだろう
ということと多分もう長くないので、緩和ケアの転院先を
探せと言われたそうです。
入院を知らされてから家族の行動は早かったです。
特に姉は。すぐに休みを取れない母の代わりに
父親を見るための休暇を取りました。
すぐに父親の病棟に常駐し、転院先を探し始めました。
そこで判明したのは父親自身は自分が治療の必要な
ガンであることを昨年の7月から知っていたということでした。
私はこの時点で半分父を見限りました。
(もう半分はとっくになかった)
なんて自分勝手な人なんだろうと。
昨年の時点で治療していればここまで悪くならなかったのに、
ろくに治療もせずに、最後の最後に痛みに耐えきれなくなって
家族に連絡するって(悪い意味で)ひどいと思いました。
当時の医者の聞き取りによると、積極的な治療は
したくなかったんだそうです。
家族に連絡しないという選択をしたなら、最後の最後まで耐えて
欲しかったと私としては思います。
ええ、痛かったでしょうよ、不安だったでしょうよ。
でもね、突然そんなことを聞かされた家族はもっとびっくりするし、
不安になります。
同じ治療をしないという結果だったとしても、昨年の時点で
分かっていれば家族だって心の準備ができたはずだと思います。
私は何年も前から「父親との関係」を清算しようと、自発的に父親に
会いに行ったり、カウンセリングを受けていたりしました。
父親がたとえば認知症やその他の理由で、彼らしさを喪失しても
自分が後悔したくないと思ったからです。
父親がいなくなることを想定して、ここ数年ほどは気が向いた時に
積極的に父親と関わるようにしていました。
それでも「3ヶ月保つか保たないか」という突然の連絡には
動揺しました。
そして自分は積極的に父親の死に関わらないと決めました。
彼が(本当に残念ながら)どうしようもない奴だということに
気づいたからです。
姉にも母にも「私は基本的に何もしない」と宣言しました。
依頼されたら出来る範囲で行動するけれども、基本は
姉や母に任せると。
私はずっと父親に「父親であるように」期待していました。
でも今回のことでそれは誤りであったこと、
つまり期待するだけ無駄な存在であったと
その時認識できたのでした。
今まで期待していた父親像というのはあくまで
「イメージ画像」であって、実際の本人にそれを
求めること自体が無駄なことだったんだと分かりました。
当時私が思いついた比喩は「ミッキーマウスには中の人が
いるけれども、私は今まで中の人などいないと信じていた」
というものでした。
よく分からない比喩ですが、それで膨らんでいた風船が
しぼむみたいにしてしゅるしゅると私の父親に対する希望の
念が消え去りました。
それもこれも父親が緩慢な自殺をするという選択をしたおかげです。
さて、入院した父親は1週間以上意識不明の譫妄状態になっていました。
自分がどこにいるか、どういう状態か分からず暴れたそうです。
病院側は仕方なく彼を拘束しました。
そこへ姉が来て、譫妄状態の父親に話しかけたりすることで、
やっと彼は自分が入院していることを自覚するようになりました。
譫妄状態はある程度落ち着いたそうですが、死ぬまでずっと
しばしば発生したそうです。
伝聞の形で書くのは私はその頃全くお見舞いに行かなかったからです。
入院して2週間後くらいにやっと私は入院先に顔を出しました。
私が父親に会いに行ったのは2ヶ月弱の間に4回。
(うち1回は葬式のため)
お見舞いに行って感じたのは父の変わりようと、姉と母の異様な
テンションでした。
彼はろくに髭も剃れず、髪の毛もばさばさで、ぱっと見は知らない
おじいちゃんのように見えました。
今回の一件で父に対しての考えを改められたのはこの見た目による
印象が大きく影響しているように思います。
そして家族に対しての強い違和感。
母は一応配偶者だからまあいいとして(よくないんですが)
姉の力の入れようにはものすごく変な感じがしました。
だって向こうはがんの発覚後7ヶ月も放置していた人ですよ。
そんな人に今更そんな休職したり、ホテルに住み込んで献身的に
介護する意味がよく分かりませんでした。
長くなりました。
記事を分けることにします。
posted by はぴたん at 18:53| Comment(0) | 毒親 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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