2016年11月29日

*読書日記『北朝鮮へのエクソダス』テッサ・モーリス・スズキ

川のように文章が続いて、引き込まれるノンフィクションです。
テーマは北朝鮮へのエクソダス(通例:多くの人が出て行くこと、移民団などの
出国、離郷、移住)です。
分かりやすく言うと北朝鮮への帰国事業について書かれた本です。

なんだろうな、物語の色が強いからか読みやすいです。
いろいろなノンフィクションを読むと、ひたすら引用ばっかりで著者の
解釈があまり載ってないことが多いんですが、これは著者の解釈が
読み手を惹きつけます。

なんて言うと伝わりますかね。
なぜ1959年から1984年の終了までに9万3340人が北朝鮮へ渡ったのか。

その謎の回答を求めてその帰国事業の船出の直前の様子を描写することから始めて、
スイスジュネーブ、オーストラリア図書館、その他膨大な資料を読み込み
それを、一つの群像劇に仕立て上げたと言ってしまっていいのかなと思います。

日本、北朝鮮、韓国、日本赤十字、赤十字国際委員会、アメリカ、ソ連の思惑が
交差し絡まる、非道な物語です。
posted by はぴたん at 01:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月20日

もっと抱きしめられたかったし、楽しい鬼ごっことかドッジボールとかしたかったよーー

タイトルの通り、子供の頃にもっと愛情深く抱きしめられたかったし、遊びたかった。
それらはある程度は得ていたけれど、もっともっともっと肯定されたかった
ということが分かった。
根深すぎてどこまで遡っていいのか分からない。
当時から未熟だった親たちに今の自分が説教したいし、幼かった自分に
やり過ごす方法を教えてあげたい。

鬼ごっことか、私は足が遅かったので鬼になったら最後、誰も捕まえられなかった上に、
それ以前にそういう友達がいなかったんですよね。
ドッジボールもそう、学校の授業でやると狙われやすいので常に外野で周りを見ている。
楽しく遊んだ経験がないわけではないんですが、それを上回るマイナスがあって
(同級生からいわゆるいじめという暴力を受けていた)
自己肯定感はろくに育ちませんでした。

多分ですけど、家庭環境で自信とか安心感とかが育てられなかったから、
余計にターゲットになりやすかったのかなと思います。
自分はまともに対応されて良い存在だみたいな自尊感情というのでしょうか。
精神的な虐待が小さい頃からあって、その自尊感情が育たなかった。

今は大分まともになってきたかなと思うんですが、それでも認知の歪みが凄まじく、
特に否定的な評価を受ける時には暴走しやすいです。
「~だから死ねって思われてるかもしれない」とか「生きてく価値がない」とか。

話がまとまらないですね。
一つ一つの話を掘り下げていった方がいいテーマでした。
posted by はぴたん at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月13日

*読書日記『この世にたやすい仕事はない』津村記久子

正直に言います、この本は小説じゃなくてエッセイだと思って借りました。
図書館で予約してから半年くらい待ってやっと手にして、本を開いて初めて気付きました。
これ短編集だったのか。借りてよかった。

主人公は「私」、名前はほとんど出て来ないです。
一貫して私。
その私が色々と不思議な、ありそうでなさそうな仕事をしていく話です。
初っ端の仕事が、ある人物を隠しカメラで監視するというもの、違法じゃないのかそれ。
次がバスのアナウンスを作る仕事だけど、なにか不思議なリンクというか変なことが起こる。

というように、実際にあってもおかしくないんだけど、実際に起きたらおかしいよねという出来事が
比較的淡々と語られます。
全体的に背筋がヒヤリとする系のファンタジーなのかなと思います。

一番うわってなったのが、ポスターの張り替えをする仕事の中での話です。
主人公はあるデザイン事務所で働くのですが、そんな中で「さみしくない」をキーワードに活動している
他の団体と接触する場面。
さみしい人を探し当てては無料の交流会に誘い、見込みのありそうな人は有料の食事会に誘うというのが
その「さみしくない」団体の基本的な行動パターンです。

色々とあって主人公はその団体の交流会に参加することになるのですが、その時の雰囲気や描写が
この手の団体、ありそうだというという現実味が怖い。
そして不協和音が鳴り響くこの短編のラストが先の見えない不安を抱かせます。

一読しただけなのではっきりとは言えませんが、津村記久子の持つヒヤヒヤする不気味さを
うまく短編の散りばめたなという感じです。
主人公についての描写が、「ポトスライムの船」や「十二月の窓辺」より世渡り上手になったというか
色々な手際が良くなっている感じたので、その辺りは安心して読めました。
posted by はぴたん at 19:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月08日

たぶん私は今空回りをしているのだ

良かれと思っていたことで、ちょっと凹む結果になった。
医者からは簡単な診断をされただけで、何か否定された訳ではないのだが、
ちょっと責められたような気持ちになっている。
よくわからないけれど、今はわたしは空回りをしているのだろうな。
焦っても、来月にならないと話は進まないのだ。
だから今は棚上げしておくんだった。

胸が苦しい。
なんで泣きたくなると喉の奥が詰まった感じがするんでしょうね。
posted by はぴたん at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月07日

*読書日記『戦争と平和の物語 ちいちゃんのかげおくり』西本鶏介編

「かげおくり」って遊びを私に教えてくれたのは小学校の教科書でした。
晴れた日に自分の影を10数えるまで見つめて、空を見上げると自分の影がそっくり
空に映って見えるというものです。
学校によって教科書会社が違うので習ってない人も多いと思います。

「ちいちゃんのかげおくり」は戦時中にかげおくりをして遊んだ少女の物語です。
ある日ふと読みたくなって、図書館で借りてみました。
でも図書館にあるのは大型の絵本ばかりで読みにくいだろうと思われたので、
いくつかの戦争小説を集めたポプラ社の短編集を借りてみました。

「ちいちゃんのかげおくり」は、空襲で親とはぐれてしまったちいちゃんが最終的に亡くなって
終わるのですが、死に際に「お腹が空いて軽くなったから飛んだのね」という一言が
なんとも言えない読後感を与えてくれます。
死因がはっきり描かれてないんですよ。
第二次世界大戦中の日本なので、飢餓とか脱水とかが複合的に重なってしまった結果の死なんだろうと
思うのですが、戦争というのは何をしても(何をしてなくても)死に至る不毛なものだというのが
作者のメッセージなのかなと珍しく行間を読んでみました。

この短編集、他にもえぐい物語が載っていて、特に「戦争にでかけたおしらさま」というのが
パンチがあったのであらすじを紹介します。

舞台は(多分)東北地方。おしらさまというのは地域に伝わる家の守り神です。
木の棒に簡単な着物を着させた単純な神様なんですが、その家に困ったことや恐ろしいことが
起きた時に守ってくれるという信仰がありました。
少年仙吉の家にもとびきりご利益のあるおしらさまがまつってありました。
そのおしらさまは、わんぱく者に強奪されても、ほとぼりが冷めた頃その家に戻ってくる
不思議な力を持っていました。

そんなある日仙吉にもとに赤紙が届きます。
ついに仙吉も徴兵されることになったのでした。
家のおばばは「なんの、なんの、この神さまがついてりゃ、仙吉は死ぬわけはねえ。」と
出征する仙吉の腹巻の中におしらさまを入れて見送りました。

ところが、仙吉の乗った船が潜水艦に攻撃されてしまい、仙吉とおしらさまは離れ離れになってしまいます。
おしらさまは「おらぁ、家のまもり神じゃ。どうでも仙吉の家にまいもどらねば」と
海のカモメよりも遅くよたよたと飛んでやっとのことで家にたどり着き庭に落ちました。

そして仙吉の名前が書かれた紙だけが入ったお棺だけが村に戻ってきました。
お母さんはとおばばはおしらさまがついていながら仙吉が死んでしまったことをクドクドと
言い続けました。
おしらさまがそれを聞いてるとは知らずに。
そしておばばが庭を通り抜けたその弾みで、黒こげのおしらさまを踏みつけ、
みしりと二つに折ってしまいました。
「からからと、あざけるように風がまいあがり、おしらさまは、それっきり
地べたにもぐりこんで・・・・・・、やがて土になった。」
というおはなしです。

他にも子供達から柿をもらう兵隊さんや、空腹をまぎらすためにご馳走の絵を描く少年の話など、
戦争ってなんなんだろうねという話が続きます。
いろいろなツケが弱いところにいくんだよ…
そんな短編集でした。

余談ですが「かげおくり」大学時代に目の錯覚の一つだと学んでびっくりしたのは秘密です。
posted by はぴたん at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする