2020年02月28日

12ステップ ステップ4 棚卸し 恐れについての課題練習

P.54
恐れが、あなたによって問題であるような状況を調べなさい。
そのような状態を記述するとき、次の質問に答えなさい。

■あなたは何を、または誰をおそれていますか?
主治医の先生
会社の人々
今のパートナー
障害者年金の申請にかかる準備
就職面接
仕事の継続

■あなたに恐れを感じさせるものはなんですか。?
評価されること
怒られること
見捨てられること
今の生活が否定されること
今までの経歴が否定されること、それが私自身の否定だと思うこと
仕事が続かなかったら、また職歴が増えること

良い評価をされないと思っているので(仮によく評価されても軽視してしまう)否定された感じがして怖い。
頑張っているのに、それが評価されないのはつらい。
いつか見捨てられることが怖くて、何度も確認してしまう。
制度的に私が自活していることが障害者年金を受給するのに妨げになるのであれば、生活を変えないといけない。
仕事の面接が評価そのものだから、仮に落ちた理由が何であれ、自分を否定される気がしている。

■この恐れはあなたの考え方、感じ方、行動の仕方にどのような影響を与えましたか。
評価される時に備えて全力で頑張る。そして疲れ切ってしまう。
評価されることは常に悪い評価だと思い込んでいる。
素直に評価を受け取れない。
見捨てないかと何度も確認して、多分面倒なやつだと思われている。と私は思っている。

■どんな性格特性が目立っていますか?
結果はどうあれ、頑張り屋じゃないかな。
謙虚ではないんだけど、もっと評価されるために努力するタイプ。
素直に物事を受け取れない。
一方ですぐに思考停止する。
不安になりやすい。
不安をそのまま保つことが苦手。(ODして逃げたくなってしまう)
行動力がある
とにかくいろんな人を巻き込む

私は仕事全般を恐れている。それは私が評価されないからという思い込みと、仕事の継続に難があることによって
良い評価を維持できないからである。
私の自己評価は低い。仕事をすぐに辞めることと仕事を継続できるている友人との比較をしてしまうことによって
私はだめだと思うからである。
評価されることは悪い評価につながると思い込んでいるので、私はとにかく頑張るけれど、それが継続できない。
posted by はぴたん at 09:54| Comment(0) | 12ステップ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

12ステップ われわれの意思といのちの方向を変え、自分で理解している神、ハイヤー・パワーの配慮に委ねる決心をした

最初に読んで、「え、これはいけないの?」と思ったのが
「世俗的な目標のために導きを求めたことがあったかもしれませんが、それは自分の全存在をハイヤー・パワーに向けて委ね、
導かれることを安心して信じることとは違います」との一文。p.36

今まで私が祈ってたのは、まさに世俗的なことを祈っていましたよ。
それだと回復につながらないということですか。
それとも、これを端緒に今後委ねていけばいいってことなんでしょうか。

あー、この手の質問に答えてくれるメンターが欲しいです。
ACAのメンターというより、霊的なことを示してくれる人。
どうやって探すんだろう?

とりあえず、ステップ3の決意の言葉を書き示しておきます。

今私は、私のハイヤー・パワーとの協力関係に喜んで入ろうとしています。
「ハイヤー・パワー、私はあなたの導きが私を有効でない行動から解放して、あなたの意志を
よりよく行えるようにしてくれることを信じます。
私を、機能不全の家庭生活から来ている、私のさまざまな苦闘、さまざまな困難から、自由にしてください。
私の中の大切な子供を、どうやって愛し、面倒をみたらいいのかを示してください。
私は全体性を求めます。私の生き方を通して、私が手助けする人たちがあなたの力、あなたの愛、あなたによる
生き方を見ることができるために。
常にあなたの意志を行なっていくことを求めます。」p.42

ステップ1と2を読んでここにまとめたのがよくなかったかしら。
たとえば今まで自由にやっていたことをハイヤー・パワーに委ねるというのは、具体的にどうするのかがよく分かりません。

「私たちの生き方の中で自分を最も苦しめている部分を放棄するだけでいいのです。
それが出発点で、神が私たちの問題を全て解決できるのだということが分かってくるにつれて信頼が築かれていくでしょう。」p.37
???要は、今一番苦しめているのが仕事問題なので、それを祈っていけばいいということなんでしょうか。
もちろん努力していい仕事に出会えるようにしたいとは思います。
だって何もしなければなんの仕事も来ないでしょう?
でも、それは委ねることとは違うのでしょうか。

うーん、難しいです。
posted by はぴたん at 09:22| Comment(0) | 12ステップ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

12ステップ 自分自身より偉大な力が、われわれに全体性を戻してくれると信じるようになった

正直言っていいですか。よく分かりません。
前の記事で祈るようになったと書きましたが、それが本当に全体性を取り戻すことにつながるのかわからないのです。
祈ることは直接ハイヤーパワーを信じることにつながっているのですかね。

ハイヤーパワーが存在していることを受け入れる最初の段階は、身の回りに起こっている小さな、特別な出来事に意識して
注意を向けることが役に立つ場合があるそうです。p.31

そこに目を向けることによって、今までのパターンや生活に及ぼす何かを取り除くことができるのか、私には分かりません。
ただ、大真面目に祈っていること自体は、それに近いのかなと思います。
委ねるって難しいですよ、怖いもの。
今は仕事に対して、私は完全に無力であること気付いたのので、毎日祈っていますが、それが本当に実を結ぶかは誰にもわからないことだと思う。

ここでいう全体性とは何かについてメモをしておきます。
健康であること、病んでいたり傷ついていたりしないこと、破産したり損傷を受けていたり防衛的になっていないことだそうです。p.32

え、これで言うのであれば、私はわりとこの全体性を取り戻しつつあるのではないのですか。
わりと元気だし、特別病んでいるわけでもないし、傷つきはないこともないけど、破産も損傷も受けていないです。

何を目指したらいいのだろう?
posted by はぴたん at 08:51| Comment(0) | 12ステップ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

12ステップ ステップ1 棚卸し

われわれはアディクションの影響に対し無力であり、生きていくことがどうにもならなくなったことを認めた。

いきなりですが、12ステップを始めようと思います。
先日自助会で、そして自分の中で「私は無力だ」と気づいたからです。
続くかどうかわかりませんが、できるだけ続けたいと思います。
(スキーマ療法も継続中です)

最近、聖書を読み始めました。
聖書と言っても、聖書の一文と祈りの言葉、そして解説が載っている簡単な本です。
それと同時に「祈りは初めてという人のための本」という本も読みました。
そこにね、「基本的に祈りたくないという姿勢があるのは当然で、だってそれは自分が無力だと認めることだから」と書いてありました。(意訳)
それを読んで、順番逆なのわかっているけど、12ステップそのものじゃないかと思ったんですね。
当然ですよね、キリスト教文化の土台があるところに12ステップの端緒ができたのだから。
順番逆なの分かってます、でも、そこに私は納得してしまったのです。

そうそう、最近、日々の終わりに「今日も無事に終わった! 何かに感謝!」って思う習慣が出来てきました。
これって「祈りじゃないの?」「祈る対象はなんなの?」と思うようになりました。
それがきっかけで聖書を読むようになりました。
でも私は多分まだクリスチャンとかではないです、教会にも行ってないし。
ただ、祈ることが私の自己理解につながるのであれば、それは一つの手段として使ってみてもいいツールかもしれないと思い始めています。


無力についてでしたね。
既に無力について語っているのですが、祈ること自体が私のうまくできないことを「ハイヤーパワー」に委ねることそのものだと思っています。
私は仕事がうまくできません。続けること自体が困難です。
三回失敗しています。
正直悲しいです。

その続けられない原因がよく分からないので困っています。
通勤時間か、職種か、多分今回どちらも合わなかったのでそれは確定なのですが、それ以外たとえば環境要因とか?
ASD由来の感覚過敏、音がカクテルパーティー効果が効かないのでうるさいところがだめな可能性はあります。
光とかも、だめだったのかなあ。
正直何がだめだったのかが分からないまま次に行っても同じことを繰り返すだけだと思うのです。
どうしたらいいのか、正直分からない。

ということで、祈りです。
聖書読んで、ピンときた部分をノートに転記して、声に出す。声に出せない時は書くだけ。
私はだめだと今まで思っていました。
でも、だめというより無力と言い換えた方が良いかなという感じがしています。

アディクションの影響に対して無力というより、生育環境といじめという犯罪行為によって受けた影響に無力です。
それによって仕事がうまくいかない、時々感情の爆発をしてしまう(しくしく泣く)、しょっちゅう自傷したくなる。
今はかなり保護された環境にいるから大丈夫ですけど、多分普通の世の中に放たれたらまたすぐにだめになってしまう。
無力であり、なす術がない状態でもあります。認めるのは嫌だけど、どうしても否定できない。
posted by はぴたん at 08:33| Comment(0) | 12ステップ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月05日

あけましておめでとうございます

年末31日から39度の高熱から生還しました。
私のお正月はまだ来てない!
そして多分去っていきました、年末年始。さようなら、年末年始。

年末年始だと救急車を呼ぶが現実的になってくるのですね、呼ばなかったけど。
だってどこも営業していないから(当然)
仕方なく、昨日通常営業を始めたクリニック探して行ってきました。
インフルエンザ、でした。
予防接種してたのに何故という言葉が脳内を駆け巡りました。
どうも医者曰く、予防接種すると軽症で済むというのは賛否があるらしいとのこと。
知りたくなかったよ、予防接種してたから39度の熱で済んだんだと信じてたのに。

そして読書もしてません。
あ、荒城に白百合ありては読みましたよ。
私にはあんまりヒットせず。
冒頭が面白かったです。


昨年の大ニュースといえば!
そう、十二国記です。
読みましたか?
私は当然読みました。
1巻2巻発売日は台風だったんので翌日、
3巻4巻は当日買いました。
ネタバレにならない程度に語りますと最高でした。
どこからネタバレになるのかよくわからないのでとりあえず新刊を待とうと思います。
また15年くらいかなあ。待つのはいいんだけど、新作読めれば。

今年はまずは、岡田先生の図書館からの冒険とエックスゼロワン3と1945鉄橋(だったかな)を読みたいですね。
あ、その前にインフルエンザ治さなきゃ。
posted by はぴたん at 17:40| Comment(2) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする